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彼からの最後のメール:2023年9月21日(木) 15:56
今日は!この度は楽しいお誘いありがとうございます。
ところが体調不良で、お供することが出来ない状況です。
二年前に、パーキンソン病罹患が判明。そしてその後、内蔵疾患とか、腰の不調とか、悩ましい日々です。
お誘いにお応えできず、大変残念ですが、宜しくお願いします🙇
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彼の無念さを感じ取り、その後は病状のより良きを祈念しつつ、通信を控えていました。ところが、今回の“今生の別れ”とした喜寿の祝いの名簿の[逝去者]一覧に彼の氏名があり、驚愕した次第。
詳細は??ですが、パーキンソン病が進行し、嚥下機能も低下し、誤嚥性肺炎・・・、ないし、内臓疾患・・・(第一生命本社の課長を)退職後間もなく、(おそらくアメーバ性)肝膿瘍で闘病し、回復後は地元の山歩き会に参画し、楽しみを伝えてくれていました。が、ハテ、内臓疾患・・・?!
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追記)
彼は、現役で、大阪市立大学(経済学部)に入学:自宅浪人の小生は、10月初めに、親が許可し、1万円出してくれて、息抜き!
列車で鳥取へ。鳥大工学部現役合格の奥井勇君の下宿に泊まり、次いで、
達っぁんこと、伊藤君の下宿に居座り、計1週間程度での帰宅。
両親は、金銭的な制約で2泊程度で帰るとみていたようで、行方不明者として、警察に託そうかと考え始めていた由。
何せ、宿代、食費は入学先輩がが出してくれたりでした。
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彼にはお二人の兄上がおられ、“早期教育”を受け、小生に伝授してくれました。松本清張に初めて接したのは[黒い福音]で、性描写のある章では、想像を豊かにしたコトを想起します。(今となれば大昔)
彼が松江温泉で結婚式をした際、披露宴に招かれ、挨拶する機会も得ました。
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彼とは年賀状等での授受があった。妻と上京した際、彼と(奥様に代わり)ご令嬢と再会し、サントリーホールで聴いた後、飲食をしたのは、ハテいつのコトだったか・・・。’アルバム写真を探せば、分かるかもしれない。)
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彼の声音・笑い声が聞こえて来ます。
衷心よりご冥福をお祈りいたします。
一方・・・おかげさまで・晩生の小生:感謝至極の日々です。
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